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私たちの旗を掲げよう。
「Wedding made in 気仙沼」

東北大震災から5年が経った気仙沼では、国が定めた「集中復興期間」の終了により、
自立的復興の機運が高まっている。
この流れを後押しするためにリクルートマーケティングパートナーズ(以下RMP)のメンバーが立ち上がった。
復興を進める地域プロデュース団体の方々の助けを借りながら、RMPが提供できるものを模索。
たどり着いたのは、地元の資源をフルに使ったオリジナルウエディング。
大きな旗のもとに町の人々の想いをひとつにするとともに、
復興に向けた新たな可能性を切り拓く「気仙沼Wedding」のプロデュースだった。

  • 清水 大樹
    2012年中途入社
    マリッジ&ファミリー事業部 宮城・山形グループ

    地方再生に貢献したいという想いを抱えて入社。配属されたマリッジ&ファミリー事業部で実現できる確信が持てずにいたが、「気仙沼Wedding」をやり遂げたことが大きな自信に。この領域だからこそできることがあるとの想いを強くしている。

子供たちが笑顔でいられる未来をつくる

2015年に茨城から宮城に異動した私は、真っ先に気仙沼を訪問しました。 新聞やテレビでしか知らなかった気仙沼の現状を確認したいとの想いからでした。 そんな私の目に飛び込んできたのは自分が想像していたよりも復興が進んでいない現実でした。 ショックを受けましたが、対照的に地元の方たちは前向きで、気仙沼は元気だとおっしゃるのがとても印象的でした。 5年たった今、観光やウエディングで気仙沼を訪れる人が少しずつ増加し、地域活性に向けた兆しが現れているというのです。 その見解をもとに、私は状況を好転させる後押しはできないだろうかと考えました。 考えついたのが、2016年3月11日にRMP役員を招き、復興に取り組む方々を表敬訪問するツアーの企画でした。 地元の方々の5年間の歩みと今後の取り組みをお伺いし、私たちが今できることを一緒に検討したいと考えました。 当日、震災直後に足を運んでから久しぶりに気仙沼を訪れたというその役員は、思うところが多いのか、口数は多くありませんでした。 そんな道中、私たちの目に象徴的な光景が飛び込んできました。 笑いながら歩く子供たち。夕日が重なりキラキラと眩しいその光景に息を飲みました。 役員は私に「お前も見たか?目に焼きつけとけよ。俺らが目指す未来はこれだぞ。子供たちが笑顔でいられる未来を創る。そのために、できることを考えよう。」と告げました。 この出来事を機に、気仙沼を盛り上げ、その前向きな気持ちを世界に発信するためのプロジェクトが始動することになったのです。

結婚式の力で大きな幸せの輪をつくる

具体的な取り組みについては、社内で様々なアイデアがあがりました。 しかし、気仙沼の方たちが本当に必要としている企画という観点で、決め手に欠けていました。 議論を重ねた結果、場当たり的な施策ではなく、私たちが最もパフォーマンスを発揮できる企画に落とし込もうと意見が一致しました。 最終的に行き着いたのは、私たちゼクシィが信じている「結婚式」の力を借りる企画でした。 その背景には、復興のキーパーソンとなっている地域プロデュース団体の女性に伺ったお話がありました。 現在の気仙沼に足りないのは、企業や個人がバラバラに行っている活動をまとめ、もう一段高いレイヤーに昇華させられる存在や取り組みとのこと。 そのお話を受け、気仙沼だからできる結婚式、町をあげての結婚式を地元の方々と共にゼクシィがプロデュースできたら、大きな幸せの輪を広げることができるのではないかと考えました。 この企画に、地域プロデュース団体の方々も賛同いただき、結婚予定のカップルを紹介してくださりました。 復興支援のボランティアがきっかけで"気仙沼に移住した方と地元の方"、震災が転じて結ばれたカップルの結婚式をプロデュースさせていただけることになったのです。 早速コンセプトメイクを進めていきました。 地元の方によれば、気仙沼は旗の町。 漁に出た船が大漁を告げる大漁旗が縁起物とされていて、商売をされているみなさんも、信念やビジョンを旗に掲げていると言います。 これを聞いて思い至ったのはRMPで行っている、シェアド・リビジョンプロジェクトでした。 RMPでは社員が集い、想いを共有しながら、ひとつの方向性に向かう場を重ねているのですが、この手法を応用することで明確な目標に落とし込もうと考えました。 結果、"旗を掲げる"というコンセプトを全員で生み出し、そこから「私たちの旗を掲げよう。Wedding made in 気仙沼」というテーマと共に、気仙沼でしかできない結婚式を創りあげる挑戦を始動させるにいたったのです。

町からの祝福、町への恩返し

私たちゼクシィチームと地域プロデュース団体のみなさんで話し合い、式そのもののコンセプトを「町からの祝福、町への恩返し」としました。 この町の資源をフルに活用したオリジナルウエディングをプロデュースすることで、町をあげて祝福する気運を醸成するだけでなく、気仙沼でしか挙げられないスタイルを世界に向けて広く発信しよう、それにより気仙沼で式を挙げる人や、移住したいという人を呼び込もうという企画に発展しました。 構想の根底にあったのは、外部からの視点。 気仙沼で生まれた育った方だと当たり前すぎて気づかなかったり、魅力に感じなかったりするものですが、私の目から見た気仙沼は魅力溢れる資源の宝庫でした。 ここにはすべてがあるといっても過言ではないほどで、この資源を使えば、世界にも強く発信できる気仙沼オリジナルの式ができるという確かな実感がありました。 その想いが伝播し、メンバーからも地元の製品を活かしたアイデアが次々とあがりました。 しかし問題は、それらの製品を手がける地元企業の多くが、ウエディング商材を手がけた経験がないということでした。 そこで私は、ゼクシィのアセットを通じ、ウエディング商材をつくるうえで不足している知識や経験を補ってくれる全国の専門家に協力を要請したのです。 安心してプロジェクトに参加していただける状態をつくったうえで、次に気仙沼にある企業・団体を一つひとつ訪ね歩き、協賛を働きかけました。 想いに共感してくださりながらも、事業の方向性がウエディングと異なるという理由で辞退された企業以外はすべて協力していただくことになり、最終的には22の企業・団体に協賛いただくことになりました。

この土地で暮らす人を増やしたい

こうして、気仙沼の資源をフルに活用した、この町でしか挙げられないウエディングが実現することになりました。 ふたりの衣装は、震災でも破れなかった地元のデニム生地で仕立てました。 離島まで船を出してもらい、私たちプロジェクトメンバーが海に入って洗い加工を施しました。 この離島でしか出せないデニムの風合いがあるからです。 そして会場は地元のインフラであるフェリーを利用。 シャンパンタワーならぬ地元の銘酒でつくった日本酒タワーや、漁具を使った演出、貝殻で作ったアクセサリーなど、まさに「町からの祝福、町への恩返し」といえる式が実現し、地元のみなさんの想いがひとつになる手応えを感じることができました。 いまでも町中の人たちが漁港に集まり、ふたりを祝福した光景が目に焼き付いています。 地元TVをはじめとするメディアによる取材もたくさん集まり、気仙沼は元気だというメッセージも広く伝えることが出来たのではないかと思っています。 でも、まだまだ成果を語るには早すぎます。 気仙沼を盛り上げていくために、さらなる展開を図りたい。 「気仙沼Wedding」のパッケージを提供することや、デニム生地の加工や貝殻のアクセサリー作りを体験できるワークショップをはじめとするコンテンツを、観光事業と接続するといった展開で気仙沼を訪れる人を増やしたいと考えています。 さらにその先に、この土地を好きになり移住する人を増やしたい。 言うまでもありませんが、地方再生には長い歳月が必要です。 「気仙沼Wedding」の成功は、3年、5年、10年かけて取り組む挑戦の、スタートラインだと思っています。

私たちの旗を掲げよう。
「Wedding made in 気仙沼」

東北大震災から5年が経った気仙沼では、国が定めた「集中復興期間」の終了により、自立的復興の機運が高まっている。この流れを後押しするためにリクルートマーケティングパートナーズ(以下RMP)のメンバーが立ち上がった。

復興を進める地域プロデュース団体の方々の助けを借りながら、RMPが提供できるものを模索。たどり着いたのは、地元の資源をフルに使ったオリジナルウエディング。大きな旗のもとに町の人々の想いをひとつにするとともに、復興に向けた新たな可能性を切り拓く「気仙沼Wedding」のプロデュースだった。

社会への提供価値を最大化せよ。
事業部を超えてひとつになる「One RMP 東北」

あらゆる手段を講じてクライアントやマーケットが抱える課題を解決してきたリクルートマーケティングパートナーズ(以下RMP)。
その中には事業や組織の垣根を超えて協働するケースも一部あったが、あくまでも個人の主体的な取り組みに限られてきた。

そこで、会社をあげて事業を超えた関係の質を高めることで、知識・知見のシェアリングを加速させ、社会への提供価値を高めようという
取り組みが始まった。「One RMP プロジェクト」である。
プロジェクトが本格的に始動したのが2016年。東北エリアを筆頭に新たな兆しが全国から寄せられている。